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2010年3月 9日 (火)

クラシック漫遊ガイド(3)最後の一曲~3つの第九

1年の終わりにベートーヴェンの第九。でも、他の作曲家の9番目の交響曲も、様々な「終わり」の魅力を湛えています。

かつては、師走(12月)ともなるとクラシックのコンサートはベートーヴェンの「第九」(正確には、交響曲第9番ニ短調「合唱付」)一色となり、ほとんど日本の年末の風物詩になっていた。

なぜ「日本では年末というと第九なのか?」というのは諸説あるが、この曲に何となく「これでおしまい」的な千秋楽っぽいイメージがあるのは確かだ。

ちなみに、交響曲…というのは、本来オーケストラのみによる純器楽作品で、通常4つの楽章(起・承・転・結…のようなものだ)から出来ている30分から1時間ほどの音楽。これがクラシック音楽の最高峰に君臨しているのは、一にも二にもベートーヴェンが書いた9つの交響曲のせいである。
その最後(9番め)の交響曲にして、もっとも規模編成が巨大(なにしろ大オーケストラに独唱者4人と大合唱が付く!)で、なおかつ演奏時間も1時間半近いという大作がこの「第九」。まさに彼の音楽と人生の集大成的な巨作であり、これは1年の計である最後の月「12月」にふさわしい!というわけだ。

曲は、第1楽章:アレグロ、第2楽章:スケルツォ、第3楽章:アダージョと、ここまででもたっぷり1時間近い大曲がオーケストラのみによって演奏され、最後の最後にバリトン独唱が音頭を取って大合唱が登場し、宇宙を抱擁するかのような壮大な「歓喜の歌」を歌い始める。

この(さんざん待たされた挙げ句の)「待ってました!」的なカタルシスが何と言ってもこの曲の醍醐味だろう。
だから、前の3つの楽章をすっぽかしてフィナーレだけつまみ食いしては、満足度も半減する。ここは是非全曲を通して聴いてみよう。闇の中から光が差すように「あのメロディ」が聞こえてくる、そんな感動に出会えるはずだ。

01_3年末の「第9」演奏会の数々は、アマチュア合唱団で歌う人たちに最高の音楽体験を提供する場にもなっている。
ベートーヴェン「交響曲第9番」演奏風景
出典:「ローマ教皇ベネディクト16世のためのコンサート」
マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団
(ARTHAUS MUSIC DVD 101 457)
c2008 Naxos Right International Ltd

このベートーヴェンの伝説的な傑作以降、クラシック音楽界では誰からともなく「交響曲は9つまで」という奇妙なジンクスが囁かれるようになった。
そのジンクス通り9つを残し、書き上げた直後亡くなった伝説の男が、19世紀末のウィーンで活躍した作曲家グスタフ・マーラー。彼は20代後半から交響曲に挑み続け、50歳に近づいた頃、ついに8つまで書きあげた。

しかし、ここで「交響曲は9つまで」のジンクスの壁にぶち当たって悩み、まず番号を付けない歌曲集のような交響曲(大地の歌)を書き、それに続いて、第9番、第10番と続けざまに書いてジンクスをかわそうとした。
…のだが、なんと9番を書き上げたところで、50歳になりたての若さで急死してしまう。

そのせいか、マーラーが最後に書き上げたこの交響曲は(ベートーヴェンのように合唱こそ付いていないものの)、どこか不思議な諦観に満ちた「これでさよなら」的な奥深さをたたえている。

全4楽章で1時間半近い大作だが、冒頭の第1楽章が静かに呟くように始まり、まるで人生すべてを回想し、さまざまな思いに胸をふさがれるような音楽を滔々と語りまくった挙げ句、最後はまさに消え入るように空の彼方に消えてゆくかのように終わるのだから(涙もろい聴き手は)もうたまらない。

大の男が(青春や恋の思い出や、人生の様々な夢や挫折を思い浮かべながら)あられもなく泣き崩れるかのようなこの交響曲は、ベートーヴェンのような「前向き」さはなく、限りなく「後ろ向き」な音楽。しかし、人生の年輪を重ねた人間だけに分かる「人生の哀愁」を深々と湛えた逸品と言えるだろう。

02_2マーラーは、オーストリア郊外の湖岸に建てた山荘に籠って作曲を行った。
ウィーンの歌劇場の音楽監督であったマーラーが作曲に割ける時間は限られていたが、その中から長大な交響曲を次々に生み出していったことは驚くに値する

オーストリアの山村風景
出典:A Musial Journey AUSTRALIA (Naxos DVD 2 .110533)
(c)2008 Naxos Right International Ltd 

そして、もうひとつ「人生最後の交響曲」として忘れてならない第9を残したのが、マーラーの師匠筋にあたるウィーンの作曲家アントン・ブルックナーだ。

彼の場合は、最初に交響曲を書いたのが40歳すぎてから、というスロー・スターター。それでも、地道にこつこつと数年に1曲のペースで書き続け、70歳を超えてとうとう「第9番」に到達した。
しかし、彼の場合も、なんと4つの楽章のうち3つまでを書き上げたところで亡くなってしまう。第九のジンクス恐るべしである。

ベートーヴェンのような才気走った疾走する天才ではなく、かと言ってマーラーのように自意識過剰で妄想癖のある悩める天才でもなく、ブルックナーはどこか愚直で野暮ったい。
ところが、「どっこいしょ」「うんとこしょ」と一歩一歩地道に煉瓦を積み上げていって、最終的には大伽藍を作り上げてしまう。まさに、大器晩成(老成)型の巨匠の代表格と言えるだろう。

その最後の交響曲「第9番」は、(もう少し彼が長生きしていたらあるいはベートーヴェンなみに大合唱の付いた壮大なフィナーレを書いたかも知れないが)、結局3つの楽章からなる「未完成交響曲」として残された。

とは言っても、演奏時間1時間はたっぷりある大作。まるで神を目前に見たかのような威厳と恐ろしさと敬虔さの入り交じった独特の第1楽章に始まり、軽やかな(しかし、どこかドスの利いた)スケルツォを挟んで、圧倒的な力感をもった第3楽章のアダージョがまるで世界の終焉のような究極の高みに聴き手を誘う。

昔から思っていたのだが、1年の終わりには確かにベートーヴェンの第9がふさわしい。終わりは終わりなのだが、新しい未来を感じさせる。

でも、人生の終わりにさしかかるとマーラーの第9が、どこか空の彼方から聞こえてくるような気がしてならない。

そして、世界の終末には・・・おそらくブルックナーの第9が地の底から聞こえてくる。・・・そんな気がする。

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